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zoom RSS 教育論よ何処へゆく

<<   作成日時 : 2007/01/15 09:45   >>

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理想のない教育は
未来のない現在と変わらない


ユダヤのことわざから。

国語辞典の大辞泉(小学館)によれば、
「教育」とは、
1 ある人間を望ましい姿に変化させるために、
 身心両面にわたって、意図的、計画的に働きかけること。
 知識の啓発、技能の教授、人間性の涵養(かんよう)などを図り、
 その人のもつ能力を伸ばそうと試みること。
 「―を受ける」「新入社員を―する」「英才―」
2 学校教育によって身につけた成果。「―のある人」

ということだそうだ。

これだけの内容をぎゅっと押し詰めて
「教育」という僅か2語の言葉に置き換えてあるのだ。

従って、
教育論議をする場合には、
各人が心の中でどういう定義で話しているのかを
まず表明し合わない限り、
議論はかみ合わない。

いや、議論にすらならない。

だから、どんな英知を集めたとしても
百家争鳴、各人言いたいことだけ言い合って
ハイ、お開きということになってしまうだろう。
事務局だけのせいではあるまい。
「いじめ」の解決だけに矮小化している方にも
落ち度があるのだ。

これでは過去と何も変わっていない。

「未来のない現在」という時代を
いつまで続けなければいけないのか。

”人間を望ましい姿に変化させるために”
”身心両面にわたって”
”意図的、計画的に働きかける”
ことなのだ。

望ましい人間とは何か、を明確にして、
体も心もその方向へ変化させる。

プロセスではなくコンテンツでしょう、
と今さら蒸し返してもしょうがない。
いずれにしてもターゲットがないなら、
慰めにしかならないのだから。

教育を論じる前に、
せめて初期状態と最終状態とを
レベル合わせしてから出発してもらいたいのだ。
(その途中が迷走するのは、
 これまでのつけもある。致し方あるまい)

未来を担う子どもたちを
行方の知れないボートに乗せて
漂流させているのが今だ。

同乗する者と喧嘩する子ども
仲良く励まし合う子ども
目をつぶってじっと耐える子ども
どんな小島でもいいからたどり着こうと
 必至に漕ぎ出し或いは自分で泳ぎ出す子ども
不安に耐えきれず海に飛び込んでしまう子ども・・・

子どもたちは、
そんなボートに乗せた
我々大人たちを振り返って見ている。
いっぱい涙を浮かべて少し恨みがましく・・・

もっとも、
日本という船団自体も
一体どこにいくかわからないけれど。


二十一世紀に生きる君たちへ
二十一世紀に生きる君たちへ (併載:洪庵のたいまつ)

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
現在の教育論議は子供からの視点も抜け落ちて・・これでは又新たな問題の噴出だけに成りそうな気がします。
又三郎
2007/01/16 17:53
こんばんは。日本は何処に行くんでしょう?現在を見てると不安になります・・・。
KAZUYA
2007/01/17 00:50
子供云々の前に、大人が襟を正せるかどうかが問われているとは思うのですが、大人の中でも模範たるべき方々がゼニに走っている中、解決の糸口が見つからないですね・・・
言の葉ブログ
2007/01/17 07:03

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