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zoom RSS 共有地の悲劇

<<   作成日時 : 2007/04/09 13:15   >>

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「共有地の悲劇」
あるいは
「コモンズの悲劇」

生物学者 ギャレット・ハーディンが提唱した。

内容について、Wikipediaより以下に引用させていただく。
たとえば、共有地(コモンズ)である牧草地に
複数の農民が牛を放牧する。
農民は利益の最大化を求めてより多くの牛を放牧する。
自身の所有地であれば、
牛が牧草を食べ尽くさないように数を調整するが、
共有地では、
自身が牛を増やさないと他の農民が牛を増やしてしまい、
自身の取り分が減ってしまうので、
牛を無尽蔵に増やし続ける結果になる。
こうして農民が共有地を自由に利用する限り、
資源である牧草地は荒れ果て、
結果としてすべての農民が被害を受ける。


もちろん、共有地自体が、
「誰でも自由に利用でき、かつ互いの干渉機会が少ない」という
前提の上での話。

この話を大きくとらえると
地球温暖化や人口爆発といったことになってしまうが、
ここではもっと手近な話を。

最近小生が
「共有地の悲劇」を意識するのは、
電車を中心とした公共交通機関の
車両内や駅・停留場だ。
(小生は東京都在住)

とにかくこの数年位でゴミが目立つようになった。
それも
椅子や網棚の上や窓枠など際限がない。
ひどいときには
それらをよけて座らなければいけないこともある。
車両自体を避けることもある。

なんとも惨めな思いだ。

割れ窓理論」を持ち出すまでもなく、
車内を点検する駅員もその頻度も減ったかもしれないが、
自主的に片付ける乗客もいなくなってきた。
交通機関側の事情ばかりにも責任転嫁は出来まい。
やはり我々の平均民度が低くなってきたのだろう。

一因として
オウム事件や9.11事件の後から
駅構内をはじめとする公共施設のごみ箱が
希少になったことも挙げられているが、
それもどうだろうかとも思う。

東京オリンピック招致もいいけれど、
もう一度公共の場所をきれいに使うことを
この国のお家芸に戻さないと、
「あれだけ清潔好きだった国だったのに・・・」と
他国の人に言われるのもシャクじゃないか。

しかし・・・
江戸仕草的な公共CMだけでは、
ちょっと今の時代にはまどろっこしい。

「こういうことは格好悪いことなんだ」と
広告業界も一緒くたになって
大人がマジメに啓発しないと。

肥溜めの中に暮らす蛆(ウジ)にとっては、
肥溜めがたまらない天国に感じるというが、
我々は蛆ではない。

身近な共有スペースから
悲劇を少しずつなくしたい。

大量の汚水にワインを一滴たらしても
大量のワインに汚水を一滴たらしても
出来るのは「汚水」です。


自然はだれのものか―「コモンズの悲劇」を超えて
自然はだれのものか―「コモンズの悲劇」を超えて (講座 人間と環境)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
私たち田舎の共有地(公園、墓地、水路、等)は比較的きれいです。
私たちがへとへとになり清掃する結果ですが、若者の意識が低い事が課題となっています。
又三郎
2007/04/11 07:18
又三郎さんのところは地域コミュニティが健在なのですね。うらやましいです。
言の葉ブログ
2007/04/11 09:11

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