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zoom RSS 「許せる」という強さ

<<   作成日時 : 2007/06/10 08:46   >>

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弱い者ほど相手を許すことができない。
許すということは、強さの証だ。


インド独立の父 マハトマ・ガンジーの言葉。

不寛容な時代だ。

リアルな生活での大小のいざこざだけでなく、
ネット上でも、
ちょっとした言葉尻をあげつらって
ああだこうだと罵詈雑言が飛び交っている。

とにかく相手をやりこめ、黙らせ、
ついには退場させてしまう。

「許す」という選択肢は
なくなってしまったのか。

そうして異見を抑えて根絶やしにして、
利いた風なことしか言わない者だけの
建前だけの世界を
ネット上に築き上げたいという
大望でもあるのか。

せっかく多様で面白い世界を
均一で退屈な世界にしたいとでも?

どうして自分と違う考えが許せないのか。
すぐキレてムカつくのか。

ストレス社会になったから?
うそつけ。
今でいうストレスなんて昔からあったろう。
最近になって「ストレス」という名前が
ついただけじゃないか。

敢えて言わせてもらえば、
個々の人間が弱くなってきたのじゃないか?

人をやりこめないと
自分が優位に立ったという実感が保てない、
そんな貧困な心が見えてくる。

「人を許す」ということが、
「しょうがないな、許してやろう」という
目上目線の恩売りということではなく、
相手の誤りも含めて、
その人格を認めて信じ、包み込む
まさに人間的な行為であると考えてみるならば、
そこにこそ、「強い」という形容詞がぴったりの
心の有り様があるのだと思う。

人をけなしさげすむのは、
自分の弱さをさらけだしているに過ぎない。

全てを許せ、などとは言わない。
全てを許せることは超人だけが出来ること。

せめて相手の非常口は確保した上で議論し、
そこそこのところでスルーする度量。

そういったことが評価される世界に
なって欲しいと思う。

「許せない」自分こそ「許すな」。


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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
『武士の情け』を捨て去った文化。
次は自分たちが容赦されないことを
覚悟しなければなりません。
又三郎
2007/06/11 07:24
こんにちは。
耳の痛いお話です。
ネット上に限らず、議論が白熱したりすると、益々「許す」ことが難しくなります。反省。
相手の人格を認め、信じ包み込むことが出来るだけの度量が、「相手を許せる」余裕になる。またまた反省。
Rover
2007/06/11 09:46
「やりすぎてしまう」過ちが多いのも、自分を客観できる余裕がなくなっているからかもしれません。「今の俺ってかっこわるいな」と思えたら一人前ですね。
言の葉ブログ
2007/06/11 21:36

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