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zoom RSS 「謝罪のための謝罪」の愚

<<   作成日時 : 2007/12/02 13:56   >>

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「皆さん、お騒がせして申し訳ありませんでした。
 気持ちも体も落ち着いてきたので、
 一からではなく、ゼロからスタートしたいと思います。
 ファンの皆様、応援よろしくお願いします」

「皆さまに長い間大変なご迷惑をおかけしました。
 心からおわび申し上げます。
 これからも精いっぱい頑張りますので
 よろしくお願いします」


最初の言葉は、亀田大毅の謝罪会見、
次の言葉は、朝青龍の謝罪会見。
いずれも第一声である。

昨日から今日にかけて
テレビをつければこれらの垂れ流しだ。
にわか謝罪評論家がああだこうだと騒いで
食傷気味もいいところだ。

どっちがいい謝罪かなんてことはどうでもいい。
誰に謝りたいのか、何が悪かったと思うのか、
これからどうしていこうと考えているのかが
言葉からわかればそれでいい。

謝る気がないなら謝らない方がいい。
それだけだ。

それにしても、
つくづく謝らせるのが好きな国民性だと思う。

テレビのこちら側には、
常に正義の側にいる(と思っている)視聴者様が
鎮座してニヤニヤして見ているわけだが、
彼らが謝っている相手は我々ではないのは
明らかだ。

謝罪している当人たちの目には
どうせマスコミや監督省庁、警察くらいしか
見えていないだろう。

お偉いさんが雁首並べて
普段は下げない頭を下げるている場面も
一つのセレモニー化した感がある。
しないと格好がつかないからやってるだけだ。

その証拠に、
いざ責任の所在とか賠償責任となると
とたんにお偉いさん方は姿を隠して
のらりくらりではないか。

謝ることが単に頭を下げるということで、
それさえすれば
ほぼ責任を果たしたと思うのは、
事件とは無関係なやじうまの立場での話。

当事者達には長い長い地獄の現実が
待ちかまえているのだ。

謝罪会見にだけ騒ぐだけ騒いで
後は無関心になる自分たちの
無反省をこそ恥じるべし。

もうそろそろ
「謝罪のための謝罪」を
やるのも、やらせるのも、
見るのも、論じるのも
やめにしませんか。


謝らないアメリカ人 すぐ謝る日本人―生活からビジネスまで、日米を比較する
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「「謝罪のための謝罪」の愚」について >謝らせるのが好きな国民性 確かにそうとも思えるけど、謝らせるのが好きな人達とは、むしろ少数派で、マスコミや一部の知識人(?)とお花畑的一部国民だけだが、声が大きすぎるから、そうとられてる?と最近感じます。 ...続きを見る
totoro
2007/12/06 22:09

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
>「謝罪のための謝罪」を
やるのも、やらせるのも、
見るのも、論じるのも
やめにしませんか。

賛成です。一緒にヤメロコールしましょう!と思いながら又見てます。ヤレヤレ(笑
又三郎
2007/12/02 16:46
又三郎さん、賛成票ありがとうございます!それにしても今の報道番組はワイドショーとほとんど変わりませんね。しかも横並び。ジャーナリズムは何処へ。
言の葉ブログ
2007/12/03 06:58

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