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zoom RSS 「正しい」に疑問を持て

<<   作成日時 : 2008/03/24 22:56   >>

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やむを得ないときの戦いは正しい。
武器の他に希望を絶たれたときは、
武器もまた神聖である。


イタリアの思想家、ニッコロ・マキャヴェッリの言葉。

今回、小生としては
反語としての言葉である。

正しいの「正」という漢字は、
もともと「征服」の「征」の原字だという。

「正」は「止」めるの上に「一」だが、
甲骨文字では、「止」めるの上に「囗」。
 「止」は、足の象形で、「囗」は国。
つまり、他の国へ進軍する意だったのだ。

従って、
「正」はそのまま、
勝った側の論理のことを表している。
「正しい」という読みよりも、
「正す」という読みの方が
より元の意味に近いだろう。

(余談を言えば、お腹の薬の「正露丸」は、
 日露戦争での戦勝を祝しての「征露丸」が原名。)

「政治的に正しい」、「法的に正しい」、
「正解」、「正論」、「正当性」。
世の中、正しいことがまかり通る。
いや、まかり通りすぎる。

正しいことを主張することは、
強者の論理であり、それと善悪という基準は関係ない。

そろそろ価値基準を、
本来の考えに戻すべき時ではないか。
いつまでも、
声の大きい人達に任せてしまっていて良いのか。

「正しい」ことを主張して
他人の権利を蹂躙する傲慢さを許すな。
「善い」ことを生活の原理とする
基本に立ち戻る気概を持とう。

思えば、
受験戦争や就職活動、
そして人生の数々の選択。
「正しい」ことに頼りすぎた。
「正しければいい」だろうと、
自らの判断を封殺してきた。

でも、それもそろそろ限界だ。
「正しい」ことの傲岸さは、
いつしか自己矛盾を生み、
我々の多くを迷宮に閉じこめている。

「正しい」ことは怖ろしい。
「正しい」と声高に言う奴を過信するな。
そう心の奥で囁く声が聞こえてこないか。

そろそろ自己の判断に責任を持ち、
人生の上で優先させるべき時だ。

それに早く気づいた者こそが
今度こそ「正しい」のだ。


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