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zoom RSS 賑やかな画面の前の孤独

<<   作成日時 : 2010/02/14 09:34   >>

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テレビという娯楽は、
数百万人の人々に同じ冗談を聞かせながら、
それでいて各人を孤独のままに置く。


イギリスの詩人、劇作家である、
トマス・スターンズ・エリオットの言葉。

エリオット氏が亡くなったのは1965年1月4日。
テレビが普及期を迎え、
家の居間に欠くべからさるものとして
存在する時代になった頃である。

世界中からの情報の窓として、
スポーツやドラマなどの娯楽の源として、
まるで家族の一員のように
テレビは重宝され話題の中心となった。

そこでは同じ画面を見て、数百万、いや
数千万の人間が笑い、怒り、泣き、そして
楽しむ時間を共有しているという
バーチャルな空間が生まれることとなった。

しかし、エリオットは既に見抜いていた。
いくら楽しく賑やかで明るい番組であろうと
万人を涙に誘うドラマであろうと
一方向からだけの情報は
最終的には視聴者を一人一人切り離し
孤独に陥れるものであることを。

テレビは今やカラーからデジタルへ、
そして3Dへと進化しつつあるが、
結局情報の流れ方は大きく変わってはいない。

双方向というインフラが揃ってきてはいても
我々の大多数は、圧倒的に多量の情報を
ただ画面から浴びせられるだけである。

端の人間が何を考えていようが、
どんなことを悩んでいようが、
テレビの画面を見ている間は、
その世界の中だけでの考えに
意識をもっていかれることになる。

3Dテレビで妙なメガネをかけて
画面を正面から注視しなければならなくなれば、
余計に我々は画面の向こうの世界に
集中し依存せざるを得ないことになるだろう。

そこには、画面と個人という1対1の関係が
時間的に並行に無数に存在している
奇妙な集合体しか存在していない、
史上稀に見る異常な状況なのである。

もしその情報発信側が
権力者側と手を組めば、
我々の感情も人生も信条までも
容易に操作出来るわけであり、
仮想的な全体主義が実現できるわけだ。

おっと、これを未来の話だと
思うだろうか?

この国ではとっくにその道を
すでに通ってきたのではないか。

やっとその呪縛から逃れて
選挙での政権交代が達成されてもなお、
まだテレビはその悪魔的作用を
緩めようとはしていない。

居住空間がほとんど広がっていない、
そんなこの国の家の中で
テレビだけは肥大化している現実に
もっと警戒してもいいかもしれない。

個々の孤独を全く解決していない、
いや、解決しようとさえしていない
この「賑やかな画面」の囁きに。

もちろんオリンピックだって
油断は出来ない。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
メディアの深層心理まで刷り込むような繰り返しの報道は人々を煽動する力を持ちます。人間は思っている以上に影響され易い生き物です。メディアはそれを理解した上で利用していると私は思うのです。
さむ
2010/02/18 22:34
NHKでオンデマンドというのをはじめたが、見たかった、いや都合で今見返したいものがそろってない。何を隠そう「埴谷雄高、独白「死霊」の世界」デアル。おそらく1995くらいの放送ではあったが、このときの埴谷くらい見る者を軽々と、アンドロメダのかなたへ連れて行ったものはなかった。NHKさん、白黒のころはもういいからカラーの番組は全部用意してほしい。
HAL
2010/02/28 21:00

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