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zoom RSS そのルールを疑え

<<   作成日時 : 2010/10/10 09:38   >>

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他人が良いと思うことに
従って生きることを強要するより、
本人が良いと思うように生きることを
誰にでも許すほうが、
人類はずっと大きな利益を勝ち得るのである。


イギリスの哲学者、経済学者である
ジョン・スチュアート・ミルの言葉。

人生というのは、結局のところ
様々なルールという鉄条網に
触れないように気を配りながら
やっとのことで走り抜ける障害レースだ。

ルールは、ユルくなったりキツくなったり
時には人が一人やっと通り抜けられるような
細いところもある。

時には自分が通り抜けるために
他人を犠牲にすることもあるだろう。

ルールに触れたものは
失速して足を引きずって皆の後を歩くか、
あるいは失格して退場することになる。

しかし、
そのルールをつくった者は
そのレースに参加することはない。
レースの外側でのんびり見物している。
いや、見もしていないかもしれない。

ルールというものは
何か絶対的な正当性があるわけではない。
しかし一度出来てしまうと
それが呪いのように人の意識を囲い込む。

やがて、そのルールを守ることを
守る側が相互監視するようになれば
ルールを決めた側からすれば大成功だ。

だが、守る側もただ従っていたわけではない。
前提として、守る期間が長くなれば
だんだん褒美が増えることがあってこそだ。

社会が成長していくときだけ成り立つモデル。

その前提が崩れ去った今では、
ルール自体への疑いが出てくる。
コースの脇を見たりする者が出てくる。

どうして俺だけこんなところを
懸命に走っていなければならないんだ?

そういう思いも出てきて当然だろう。

それでは困る人がいる。
今までルールの外で惰眠を貪ってきた者だ。

だから、「品格」「倫理」「道徳」「美徳」などを
埃をかぶった棚の上から持ち出してきて
今さらながらPRしたりするわけだ。

外国はすぐルールを変えるからずるい?
逆なのである。
環境や状況が変わればルールも変わるべきだ。
金科玉条とばかり明治時代からの法律を
ありがたがっている方がオカシイのだ。

もう、流れは止まらない。
意味のないルール、不条理なルールは
無くなっていくか、見捨てられるだろう。

それでもルールに縛られたがる
マゾスティックな人はいるかもしれないが…
それは一つの趣味的な限られた領域か
軍隊のような特殊組織だけのものになろう。

いずれにしろ、
”お約束”としての意味しかもたないルールに
いつまでも縛られているわけにはいかない。

「我を殺せ、謙虚になれ」などと
したり顔で言っている輩の呪縛から解かれよう。

次のレベルに
我々の社会がステップアップするために。

もう少し楽しく生きられるようになるために。



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