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zoom RSS 相撲は絶滅危惧種

<<   作成日時 : 2011/02/26 20:09   >>

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不正な手段を必要とするような目的は、
正当な目的ではない。


ドイツの経済学者、哲学者である
カール・ハインリヒ・マルクスの言葉。

相撲の八百長問題について。

八百長は悪いことだから
許されるべきものではなく、
二度とあってはならない、などと
歯の浮くような偽善論を言うつもりは
毛頭ない。

そもそも「相撲」の現代での
存在意義について触れてみたい。

・・・その前に八百長を語る面々の
気持ち悪さについてもちょいと触れようか。

八百長の擁護者も批判論者も
両方同じくらい気持ち悪い。

八百長は日本のお家芸であり
一つの文化であると言ってのけるとか、
相撲も国技であるからには、スポーツとして
ガチンコでやる環境を整えないと、とか、
そんなことをいつまでも議論しているのが
胸くそ悪い。

相撲は日本で後生大事にするべきものと
どこか特別視している。
永遠に存在するのが当たり前、のような。

そんなバカなことがあるものか。

相撲のどこに伝統を守ろうとする矜持が
あるというのだろうか?

外国人が番付の上の方に
ぞろぞろ並んでいるのに国技ですか?
横綱がずっと外国人なのに国技なの?
帰化したっていったってねぇ・・・

アメリカからやってきたプロ野球でさえ、
外国人枠というものがある。
むしろ最近は日本からメジャーに
助っ人が行くくらいだ。

相撲をする日本人を増やそうという工夫を
誰か何かしているか?

学校の体育に相撲なんて時間があったかな?

誰も何もしてやいないのである。

それではなぜ今でも存在しているのか?
そこに胡散臭さを感じないわけにはいかない。

この時代に髷を結わせて、
稽古して食べて寝てあの体格にさせ、
まわし以外は裸で身を晒させる。

土俵を出たり手をつけたら負けで、
殴ったり蹴ったり荒技は許されない。

考えれば考えるほど奇妙なことだ。
格闘技にしては手が込み過ぎている。

よく似ていると思えるのは、
ヨーロッパの中世の貴族が
畸形人間を囲って競い合ったこと。

権力や財力を競い合う道具として、
そこ以外では生きられない人間がいた。

タニマチと呼ばれる旦那衆が囲った
かつての力士と構図が一緒ではないか。

今は、このタニマチと同じ意識が
高齢者に共有されており、
おらが郷土の代表の力士同士の闘いを
茶の間で楽しんでいるというわけだ。

だからこそ、都合のいい時だけ
「品位」だの「礼儀」だのを持ち出したり、
自分たちが気に入らない者を理由をつけて
排除したりしているのだ。

相撲という環境全体が、
自己犠牲を強制され
世間の常識からかけ離れた人間を
量産し保護しているのである。

極端な言い方をすれば、
力士とは、タニマチがいかようにも出来る、
檻に囲った純粋培養の格闘用木偶に過ぎない。

神事との結びつきも、
今では形式的なものでしかないだろう。

だからこそ、相撲は絶滅危惧種としての
道を歩まざるを得ないと言えるのだ。

人間を一生人形のように扱う時代ではない。
力士たちだってとっくに醒めている。

日本でとうに絶滅したトキを
中国から連れてきて殖やしているように、
日本でとうに滅びそうな力士を
モンゴルから連れてきてもたせようとする。

そんな絶滅危惧種の相撲など、
もうとっくに存在意義などない、と
言ってしまったら言い過ぎなのだろうか。

どうしても続けさせたいというのならば、
相撲協会を重要文化財にでもして、
少数の日本人力士に絞って
ほそぼそとやってもらえばよい。

それが伝統の保護ということではないか。



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