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zoom RSS 岡本太郎を必要とする時代

<<   作成日時 : 2011/03/06 16:48   >>

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何だこれは!!醜悪だ。
それが美しい、逆に。
キレイと美しいとは正反対。


日本を代表する芸術家、
岡本太郎の言葉。

今、放映されている
NHKドラマ「TAROの塔」が
とてもおもしろい。
太郎役の松尾スズキはじめ、
母かの子役の寺島しのぶ、
敏子役の常磐貴子など
役が憑依したような演技が楽しい。

何よりも
太郎のドラマチックな生き様が
一生懸命で哀しくて可笑しい。

今年は岡本太郎生誕100年で、
岡本太郎展』も開催される。
「岡本太郎イヤー」なのである。

自分がかつて万博公園を訪れたとき、
その「太陽の塔」はバカバカしいほどでかく、
毅然としてそこにあった。
現代においてもその異様さは変わらない。

「人類の進歩と調和」なぞという、
オボッチャン的なEXPO70の掛け声に
真っ正面から反発して創られた塔は
当時の識者たちの不評にもめげず、
結局普遍的な価値を得て
全てがなくなった今でも残っている。

「キレイごと」は瞬く間に
時代に消費され忘れ去られるが、
「美しいもの」はそれが醜悪であっても
時代を超えて存在してゆく。

「キレイ」なことを言うことは、
時代の大多数が思うことに沿っており、
簡単で楽で受け容れやすい。
テレビのコメンテーターなど最たるものだが、
マスコミや大部分の識者も同じようなものだ。

しかし、そんなものは、何の役にも立たない。
何も生まない。時間潰しでしかない。

一方、「美」とは
そもそも薄ら寒い怖さを思わせるものだ。
あまりにも非日常で唐突で眩暈を感じる。
逃げ出したくなるほどの衝撃。

だがそれに正面から向き合うことにより
世の垢にまみれた自分から
脱皮して一歩抜け出すことが出来る。
それはとても勇気とエネルギーが要ることだ。

キレイなことだけで周りを埋め尽くそうと
国も社会もしゃかりきな今の状況は、
それだけ皆が楽をしたがり
身体も心も弱くなっていることを示している。

周りの目ばかり気にしているうちに
自分の立ち位置がわからなくなっている。

相対的な価値観ではなく、
絶対的な価値を求める強さを
我々はなくしてきている。

そう、岡本太郎がいなくなった分、
日本人は退歩してしまったのかもしれない。

もう一度ネジを締め直すためにも
今年は岡本太郎の言葉に、芸術に、
相対しようではないか。



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