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zoom RSS 不作為を恥じよ。誰が? 皆が。

<<   作成日時 : 2011/04/10 09:41   >>

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失敗には、
許される失敗と許されない失敗がある。
許されるのは、
新たなことにチャレンジした失敗。
許されないのは、不作為の失敗。
やるべきことをやらなかった失敗。


「失敗学」の権威である、
畑村洋太郎氏の言葉。

あまりにも大きな災害が起こると、
「予測不能」「千年に一度」「想定外」
そういった言葉で
テレビも活字も埋め尽くされるが
よく考えてみれば、
そうまとめてしまおうという作為を
今回強く感じないだろうか。

国民全員が被害者であるように
刷り込まれているように思う。

いきなり皆が同じ立場にいるかのように
「日本は一つ」「皆でがんばろう」の
オンパレードだ。

だが、本当に今回の災害は
避けられなかったことなのだろうか。
これほどの事態になることを
誰も皆予測出来なかったのだろうか。

あの地域で地震が発生すること。
地震後高い津波が押し寄せること。
海沿いの住宅や施設が浸水すること。
埋め立て地が液状化すること。

そして、
原子力発電所が電力喪失し
冷却機能をなくして
炉心溶融するかもしれないこと。

そうなったら、放射線によって
誰も手を出せない事態になってしまうこと。

これらが一度に起きたことは
未曾有の事態かもしれないが、
その一つ一つは、決して
人類が初めて遭遇したことではない。

自然は十分ヒントを与えてきたはずだ。
我が国とは言わないまでも
海外では事例があったことである。

「備えあれば憂いなし」と言うわりには、
実は備えを十分にしないままに
憂いを忘れていただけではないか。

いくら社会や学問や技術が進歩しても
自分も家族も仲間たちも故郷も
守ることが出来なかったじゃないか。

いや、そもそも進歩なんて
していたと言えるのだろうか?

あまりにもふがいない醜態を
国内どころか世界中に晒している
政府や原発関係者、そして
災害への備えに不作為のあった
官僚や学者や専門家は
もちろん責められるべきだし、
責めることは容易い。

しかし、
それで終わってはいけないだろう。

敢えて言おう。
我々全員に不作為はあった。
過去の災害の犠牲を深刻に受け止め、
それを次世代に受け継ぎ、
リスクを啓蒙し続ける努力が
まだまだ足りなかったのだ。

専門家に丸投げして、
自分の周りを守る備えを怠った。
何を大事にするかの優先度を
間違えていた。
考えることを途中で止めて
「思考停止」に陥っていた。

この不作為を皆が恥じなければならない。

またもとの状態に戻る為に
がんばってもしょうがない。
「復旧」じゃダメだ。元の木阿弥だ。

政府や学者の復興ビジョンを
指をくわえて待っている場合ではない。

何をやらなければいけなかったのか、
だから今何をやるべきなのか。

個人のレベルでも考え抜こう。
そして形にして受け継いでいこう。

またいつか
同じような天災が襲ってきたとしても
まるで何も起こらなかったように堅固に
人が社会がインフラが残って、
将来の世代から心から感謝されるように
頑張りたいものではないか。

それこそ真の進歩というものだ。



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