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zoom RSS 絶対的な「正義」は必要なのだろうか?

<<   作成日時 : 2011/05/04 09:05   >>

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アメリカにはアメリカの“正義”があり、
フセインにはフセインの“正義”がある。
アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある。
つまりこれらの“正義”は立場によって変わる。
でも困っている人、飢えている人に
食べ物を差し出す行為は、
立場が変わっても国が違っても
「正しいこと」には変わりません。
絶対的な正義なのです。


漫画家、アンパンマンの作者である
やなせたかしさんの言葉。
やなせたかし氏 日本人の正義とは困った人にパン差し出すこと

9.11のアメリカ同時多発テロ事件の首謀者、
アルカイダのオサマ・ビンラディン
米軍による殺害が報じられた。

オバマ大統領は、
「正義が行われた」と強調し
ニューヨークでは歓喜の声がこだましたが
テロの遺族の心情は複雑なものがあり、
報復を恐れる声が海外からも絶えない。

これで何かが解決したのだろうか?
そして米国の正義が完遂されたことで
世界は良い方向に一歩でも進んだのか?

大国の語る正義に疑念を感じる時代に
あらためて「正義」を思う。

やなせたかし氏の言葉に
もう少し耳を傾けてみよう。

正義って、普通の人が行うものなんです。
政治家みたいな偉い人や
強い人だけが行うものではない。
普通の人が目の前で溺れる子どもを見て
思わず助けるために
河に飛び込んでしまうような行為をいうのです。
ただし普通の人なので、
助けに行って自分が代わりに
溺れ死んでしまうかも知れない。
それでも助けざるを得ない。
つまり、正義を行う人は
自分が傷つくことも覚悟しなくてはいけない。


正義を行う主体の大きさや強さには関係ない。
誰もが正しいと思う「絶対的な正義」があると
やなせ氏は語りかける。

少なくとも正義とは
「自分が正義でございます」と
顔を出して言う奴がすることではないだろう。

テレビやマンガの正義の味方が
常に素顔を隠すことは偶然ではないのだ。

確かに飢えている人に食べ物を与えることには
正義を語る強者よりは善に思える。

ただ、それが「絶対的」であるかどうかには
疑問符を持ち続けたいと思う。

「正しい」と自覚すること自体に
どこか傲岸で一方的な押しつけが感じられる。
なぜ「正しい」と思わねば
「善」が為されないのかを問いたい。

自分側の正当性を謳わないと
出来ないことなのだろうか?
そんなに世間は分からず屋ばかりなのか。

絶対的、相対的にかかわらずとも
「正義」なんて言い訳をせずに
自然に「善」が為されることを望みたい。
そしてそれを素直に受け容れる世界で
あって欲しい。

まだそれまでには
とても長い長い時間がかかりそうだが
希望を持ちたい。



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