言の葉ブログ(名言ブログ)

アクセスカウンタ

zoom RSS 空想を超えた技術

<<   作成日時 : 2011/05/05 08:28   >>

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

武器の魔力が人間の空想を超えた以上、
もはや、戦争などが、できるわけはないのだ。
こゝに至っては、もう戦争をやめ、
戦争が果してきた効能を、
平和に、合理的な手段で、
徐々に、正確に、果して行かなければならない。


小説家、エッセイストである
坂口安吾の言葉。
(『戦争論』(1948年)より)

今、坂口安吾がマイブームである。
小説はあまり、というより全く読まないが、
彼のエッセイは実に爽快かつ痛快、そして
本質を突いている。

・・・その前に。
彼の言う「戦争が果たしてきた効能」について
説明しておかねばならない。

戦争は文化を交流させ、
次第にその規模が全世界的となり、
帰するところ世界単一国家へ向かい、
いくたびかの起伏の後に、
やがて最後の平和が訪れる、と
安吾は考えていたのだ。

いわゆる、戦争文明加速論だ。

異論はあるだろう。しかし
科学技術においても
無限に金や人をつぎ込む理由は
戦争であり軍事用途であることは
否定出来まい。

さて、
「武器の魔力が人間の空想を超えた」とは
どういうことを指すか。
これは広島と長崎の原子爆弾が
想像を超える威力だったことを言っている。

人間がもはや制御出来ない兵器としての
原子力。
これは戦争の可能性を終結させる意味をもった。
もはや戦争を不可能にしてしまったのだ。

あまりの威力により”使えない”核兵器によって
大規模戦争が出来なくなる事態を言い当てている。

なら、どうしなければいけないのか。
安吾は次のように書いた。

戦争は終った。永遠に。
我々に残された道は、建設のみである。
昔ながらのものに復旧することを
正義としてはならないのだ。
こりることを知らねばならぬ。
常に努力と工夫をもち、理想に向って、
徐々に、正確に、めいめいの時代を
より良いものとしなければならない。


戦争という手段を奪われた我らは、
理想への道をゆっくりと進まねばならない。
その道しか残されていない。

だが、人類はあきらめきれなかった。

平和利用という仮面をかぶせようとも、
原子力はその魔性を隠しはしなかった。
これまでにも何回となく人類に警告してきた。
スリーマイル、チェルノブイリ、JCO・・・

だが、それに真剣に目を耳を向けずに
長期間平和を貪り、理想を忘れたこの国に
ついに原子力は牙を剥いたのだ。

専門家たちは知ったふうな顔をするが、
実は今後何が起こるかなんてわかっちゃいない。

まさに空想を超えた技術に
なす術のない惨めな現在なのである。

我々はまだ原子力を手なずけてはいない。
化学反応もまだわからないことが多いのに、
原子核反応になぜ手を出したのか。

宇宙線に耐えた太古の祖先でさえ
接したことのない放射性原子を造り
無邪気に弄ぶには犠牲はあまりに多い。

それでもやらねばならぬ、というのであれば、
全世界の人間の承認が必要なのではないか。

そんな手続きが出来る体制はないというなら、
まだ人類は原子力を操る段階にはないのだろう。

いまだに殺し合いでしか
問題が解決出来ないレベルの我々には。

だから、他の方法で、
100億になろうとする人間の生活を支える術を
じっくりと着実に探さねばならない。

”ずる”はもう許されないのだ。



amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 桜の森の満開の下・白痴 他十二篇 (岩波文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
空想を超えた技術 言の葉ブログ(名言ブログ)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる