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zoom RSS 日本人の他への無関心さの根源

<<   作成日時 : 2012/09/04 18:10   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

日本人が神に支配されたくないのは、
そのぶん自分の主体性を奪われるから。
日本人は主体性が大好きで、努力が大好きで、
努力でよりよい結果を実現しようとする。
その努力をしない怠け者が大嫌いで、
神まかせも大嫌い。
と考える人びとなのです。
だからカミが大勢いる。カミが大勢いれば、
カミひとりの勢力はその分殺がれる。


橋爪大三郎と大澤真幸の共著である
ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)』から。

これは本書の中心からは少し逸れるが、
印象に残った言葉である。

意外に思われるのではないだろうか?

日本人ほど他者への依存度が強く、
何かあれば神様仏様全てに祈っている
自我の弱い国民はいないと
思っていたのではないだろうか。

自分もそうだ。

ただ、この言葉を何回か反芻してみると、
そうかもしれないな、と思うに至った。

考えてみれば、他者への依存や神仏頼みは
自分が得意でないものやよくわからないことへの
日本人の接し方の特徴ではないか。

自分の好きなもの、そして
得意なものについては、殊のほか執着が強く、
他人に一線を越えさせない頑固さがあるだろう。

「ここまではあなたの考え方でやってもらうが
 ここから先はやりたいようにやらして欲しい」

自分で変えたくないもの、
変えて欲しくないものへの最後の抵抗が
これだけ激しい民族もいないのではないか。

だからアジアで唯一植民地化されなかったり
戦後米軍の占領下でも文化の根幹は変えることなく
世界的にも特異的な長さの天皇制を守ってきた。

それが単純に良い悪いということではない。

関心のあるものと関心のないものとの明確な線引き。
これが日本人の他への無関心さの根源であり、
今の時代における弱点なのではないか。

経済や科学といった分野は
素地がとっくに江戸時代以前にもあったので
明治時代に入って、なんの拘りもなく
西洋のものを取り入れ消化し自分のものにして
元々もった勤勉さで行くところまでいってしまった。

一方で、
自分に関係がないもの、興味を持たないものは
全部他者に丸投げしてしまい、
議会制民主主義や原発行政や外交政策については
専門家や一部の党や官僚に"おまかせ"してしまった。

国民個人はただひたすら、
自分や家族の安全と安定のための暮らしに専念した。

普段はそれでいいのだ。

しかし景気が停滞し天災人災が続いて外圧がかかり
いざ自分の領域を侵されると急に騒ぎ立てる。

だが、もう遅い。

向こう側は向こう側で
もう歯車を止めることが出来なくなっているからだ。
"おまかせ"された方はもう自分のテリトリーを
つくってしまっているのだ。
"おまかせ"してしまったものを取り返そうとしても
大変な抵抗にあってしまうのである。

だからそろそろ気づきたい。

カミが立ち入ってくることさえ拒む柵をつくり
その外のことを見ようとも考えようともしないで
一生安穏に暮らせる時代ではなくなっている。

弥が上にも外界を見知り、
専門ではなくても自らがある程度判断しながら
暮らしていかねばならないのである。
余計な事と思っても関わっていかねばならないのだ。

専門・非専門という考え方も
取っ払っていく必要があるだろう。
優秀な国民性と浅くても広い知識を
ちょっと動員すればいいだけのこと。

自分に無関係なことなどないと腹をくくる事だ。

理系・文系などとレッテル貼りする悪癖も
もうそろそろ改めるべきではないか。

ちっちゃな島国の中で
細かい縄張り争いで遊んでいる民を
黙ってみていてくれる世界ではもうないのだ。


・・・ところで、
この『ふしぎなキリスト教』は、
ネット上でも賛否様々なようであるが、
西洋の考え方の根幹を知るのには
一番おすすめできると思う。

ご参考されたし。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
もっと教えて。

日本を守るのは無理で、囲碁の打ち込まれ荒らされるのと同じ道なのは理解できてます。

じゃあ何処で何が出来るのか。
聖書の戦争国は、もう袋小路に入って、固まっちゃってる。

日本を飲み込んでも、人口を増やしまくり、兄弟国で争うだろ。
一部がシェルターで生き残るとして、それも聖書の戦争民。

ずっと未来永劫に聖書の戦争民。

上位の宇宙から天罰が来るまで。来るかどうかも解ら無い。

msmr_masachika
2012/09/04 18:25
コメントありがとうございます。
”聖書の戦争民”とは、この世界は人間にすべてが委ねられていて、理性を持った人間がそれを武器にどのような方法をとってでも無限に発展できると考えている人たちを指すのでしょうか?
だとすれば、その論理にはない「どこが止め時か。どう止めるべきか」の実例を示せるかどうかが日本の役割であると思います。
経済的にも政治的にも人口的にも(人材的にも?)ピークを超えた極東の小先進国がどうこの世界の中で生き残り戦略を見つけていくか・・・それのみが未来での日本国の存在意義になるのではないでしょうか。
敢えて言えば実験台とも言えるかもしれない。
しかしいざとなれば擬似的な閉鎖系に出来る環境の中での生き残り策が、宇宙の中では半ば閉鎖系である地球人全体のサバイバルに繋がるかもしれません。
そういう役割を果たせば、たとえ日本という国がなくなったとしても「人類にとって意義のある文明であった」という記憶として残ると思うし、それで十分ではないかと考えます。
言の葉ブログ
2012/09/04 19:58

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