言の葉ブログ(名言ブログ)

アクセスカウンタ

zoom RSS 未来のための大事な「ムダ」

<<   作成日時 : 2006/10/29 17:33   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

学校で学んだことを
一切忘れてしまった時に
なお残っているもの、
それこそ教育だ。


物理学者 アルバート・アインシュタインの言葉。

高校の履修漏れに関する報道が喧(かまびす)しい。

このままでは、
全国で400校以上、生徒数にして7万人が
卒業の条件を満たさないとか。

高校、そして大学へと進学するのが
当たり前のような世の中になって、
高等学校の意義が
実質大学合格のための予備校のようになったことが
原因と考えられるが・・・

誰が悪いんだ?
文部科学省?
教育委員会?
学校?
教師?
親?
それとも生徒自身?
早速始まりつつある犯人捜し。

もううんざりだ。
「いじめ」対策と一緒ではないか。

小手先で責任者をつまみ出して
済む問題なのか。

そもそも、
教育とは何なのか、
学習とは何なのか。
まじめに考えたことなんてないんじゃないか?

アインシュタインが
先の言葉で言いたかったことは
なんだろう。

学校で学ぶ知識そのものだけでなく、
それに伴う経験や思考、人間関係など全てが
いつか人生の糧となる可能性があり、
やがて実りをもたらされた時に
初めて本人が意味を悟る、という
そういう壮大な時間スケールのプロセスこそが
「教育」なのではないだろうか。

数年単位での効率だけを考えた
小賢しいカリキュラム。

それは
7万人ほどの若者が
本当は気づくはずだった将来性を
殺してしまったかもしれないのだ。

その場だけを繕う「やっつけ授業」が
一体何をもたらすことだろう。
それは鉄骨の足りない建材で
社会という高層ビルディングの建築へと
若者を赴かせるようなものだ。

教育界まで
将来の社会の「耐震偽装」をしてどうするのだ。

ところで・・・
忘れてはいけないことがある。

今となっては少数なのかもしれないが、
高校を最後に社会に出て行く生徒たちもいるのだ。

多数派の大学進学組のために
可能性の一部を摘み取られたことを知って、
どう思っているだろうか。

未来の可能性を永久に奪った罪は、
一体誰が償うというのだろうか。

せめて
納得できる解決策を
関係する大人が懸命に探ることを
期待したい。

それからもう一つだけ付け加えたい。
大学は、
高校生活を受験勉強で犠牲にしても見合う価値を
果たして持っているのだろうか?


大学を問う―荒廃する現場からの報告
大学を問う―荒廃する現場からの報告 (新潮文庫)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
>学校で学んだことを
一切忘れてしまった時に
なお残っているもの、
それこそ教育だ。

これは胸に響きました。小6の時の担任(女性教師)の・・成績の最も不出来な生徒でも長所を褒めたり、卒業時の一人ひとりに対する言葉の分け隔ての無い優しさに溢れた言葉を思い出し、感激を新たにしました。生涯続く心の糧を生徒全員に残そうと奮闘した、当時でも数少ない教師だった様な気がします。


又三郎
2006/11/03 09:00
小生もそういった教師に恵まれたことをあらためて思い出しました。教育の「育」の部分に真摯になってくれた先生に感謝であります。
言の葉ブログ
2006/11/04 07:25

コメントする help

ニックネーム
本 文
未来のための大事な「ムダ」 言の葉ブログ(名言ブログ)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる