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zoom RSS 主張することも肯定して

<<   作成日時 : 2007/06/17 17:20   >>

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一般に青年が主張する内容は正しくない。
しかし、
青年がそれを主張するそのこと自体は正しい。


ドイツの社会学者 ゲオルク・ジンメルの言葉。

「KY」という若者言葉があるらしい。
「空気(が)読めない」の略らしいのだが、
この「空気を読む」という言葉に拘る風潮に
ちょっとひっかかる。

その場の雰囲気や流れに
逆らわず順応していくことが
賢くイケてることで、
水を差したり異見を述べることが
愚かでダサいことだというステロタイプを
無批判に肯定することが
果たして健康的なものなのかどうか、
やはりちょっとノドに小骨がひっかかるような感じだ。

思ったことをそのまま口に出して
「しまった!」と感じて慌てて訂正したり
思ったこととは違うことを言ってしまって
その場を無理矢理取り繕ってしまったり、
そういう冷や汗を感じながらの
偶然性に満ちた言葉のキャッチボールは
もう淘汰されて絶滅してしまうのか。

確かに「空気」を読まなければいけない場もあるだろう。
大体のセレモニー的な場はそうだし、
全くの見ず知らずの他人と接触せざるを得ない時も
緊張感を緩和するのには「お約束」的なやり取りも必要だ。

そこでは一つ一つの行動に細心の注意を払わねばならない。
「その場の自分」という
日常の自分とは違う人間を演じなければならない。

非常に疲れる。短時間だから耐えられる。

だが、
ある程度お互いを知り得た状況でも
空気を読まねばならないとするならば、
常に「演技しなければ」ならないことになる。
もしくは
「いいんじゃない」「そうだね」「それでいいよ」と
合いの手を入れることに徹して思考停止するか、だ。
一種の麻痺だ。

その場その場の無難なおさめ方をパターン化して、
パッケージングして安心してしまっていいものか。

その方が確かに
ぶつかり合いや悩みや葛藤とは
最も遠い毎日が約束されるだろうが、
自分の気持ちを封じ込め続けるストレスは
いつか何かの形で解放されるだろう。

若者社会だけではない。

杞憂かもしれないが
マグマが溜まりつつある世間を感じるこの頃である。

近隣や学校や企業や国や自治体に
ヒステリー的で過剰な反応を示す事件が増えているのも
日本人の自己防衛本能の表れの一つかもしれない。


「空気」の研究
「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
「空気を読め!」は
日本型いじめの温床ともなる考え方で、私も少しひっかかる言葉です。
結局は長いもの(権力者)には巻かれろでやってきた悪影響が表面化しつつある今、「空気を読んだ上で空気を入れ替えろ!」でしょう。
又三郎
2007/06/18 13:13
「空気を入れ替えろ!」というのは言い得て妙ですね。確かに空気自体が汚れていたり澱んでいては、いくら上手に読んでもいいことには繋がらないでしょう。空気をつくりだすのはいつも権力側ですし。
言の葉ブログ
2007/06/18 14:37

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