言の葉ブログ(名言ブログ)

アクセスカウンタ

zoom RSS オトナじゃないの

<<   作成日時 : 2008/02/14 09:48   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

大人とは
裏切られた青年の姿である


小説家 太宰治の言葉。

成年年齢を20歳から18歳に引き下げるかどうか、
法務大臣が法制審議会に諮問したということで、
また永田町が一騒ぎしているようだ。

でもなにやら
法律上の成年と
社会通念上の成年、
そして身体・精神的な成年とが
ゴッチャに論じられている面が否めない。

それぞれの考える「大人」の定義が
全くもって、てんでバラバラなので、
いつまでたってもまともな議論にはなるまい。

さらに、この国では、
いわゆる成人への通過儀礼が至極いい加減なので、
あまりに個人差が出来てしまっていることも
事態を複雑にしているだろう。

40歳を過ぎても子供みたいな輩もいれば、
18歳でも老成した品格を感じさせる人もいるのだ。

いっそのこと「成人」を免許制にでもしたらと思うが、
それも極論というやつだろう。
資格制度が全然機能していない社会の中では
また無駄な公費が使われるだけだ。

ただ、ある年齢を区切りに
誰もが「成人」だと認めることが、
少しは人間的な成長を促進させることも否めない。
周りからの「承認」が
本人の自覚を促すこともあるからだ。
「立場が人を育てる」というやつだ。

ただ間違っても
「世間ずれ」してしまうことが大人なんだよ、
なんていうのでは
一生オトナになんかなりたくないよ、
という「正論」が勝ってしまって収拾がつかなくなる。

もしこの機会に「成人年齢」が再設定されるとしたら、
その年齢までにどういう教育を行うのか、
学校制度だけにとどまらず社会全体の制度について
見直すきっかけにすればいいと思うのだ。

さて、
私見を言わせてもらえば、
成人とは、大人とは何たるか、ということについては、
「自制」と「他制」がものさしになると考えている。

「自制」(自分の欲望を抑えること)が出来ないのは、
子供でさえない。
不快になれば泣きわめく「赤ん坊」だ。

「他制」(他人の過ちを正せること)が出来るのは、
大人だけなのではないか。
自分だけ間違っていなければいい、というのは
社会的存在の人間の大人としては心許ない。

つまり、大人であるということは、
自制できる前提で、
確固たる自信を持って
他者を他制出来る独立した人格を
持っていることだと思うのだ。

だから、
企業の論理を刷り込まれて、
偽装に手を染めてしまうのは
「大人」だとはいえない。

会社や社会に不満を持っていても
何もしないで愚痴っているだけなのも
「大人」ではないだろう。

恥ずかしながら、
自分で定義しておきながら、
かくいう小生も
まだオトナにはなってないことを白状しておく。

とにかく・・・

「成年年齢」という、
ある意味「こうだ」と決めてしまえば
どうにでもなるようなことを
皆でピーチクパーチクやっている、
そんな今の日本全体がオトナじゃないな、と
もっと我々は自省せねばなるまい。


なおも未熟な日本人―成熟社会への道筋
なおも未熟な日本人―成熟社会への道筋

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
オトナじゃないの 言の葉ブログ(名言ブログ)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる