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zoom RSS 「何を言ったか」より「何をしたか」である

<<   作成日時 : 2010/07/25 09:24   >>

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ある人間を判断するには
その人の言葉によるよりは
むしろ行動から判断したほうがいい。
というのは、
行動はよくないが
言葉が素晴らしい人間が多くいるからだ。


ドイツの詩人である
マッティアス=クラウディウスの言葉。

年をとるというのは、
だんだんズルくなることでもある。

行動を通して培った経験から
良かったこと悪かったことを選別し、
余計な損得を考えるようになり
知恵もつくが悪知恵もつく。

そして最小限度の行動で
何もかも済ませようとしてしまう。
得になることはするが、
損になることは他人に、特に
若い者にさせようとする。

「君のためを思って」とか
「勉強のため」だとか
「かわいい子には旅をさせるもんさ」とか。

体のいい押し付けなのだが、
そこは小ズルく自分が恨まれないように
最大限の工夫を凝らすわけだ。

若い者がその場にいない場合には
どうするか。

会議とか打合せという戦場で、
誉めたり脅したりなだめたりすかしたり。
互いに死力を尽くして
口先だけでなんとか済まないか、と
神経戦を続けるというわけだ。

かくして
「行動」と「言葉」の距離は
どんどん離れてゆく。

「行動」するのは
最後の手段とばかりに
腰は重く手足は組んでばかり。
口から出るのは「行動」封じの
”呪いの言葉”ばかりだ。

「とにかくやってみよう」が
「やったからってどうなるんだ」に。

「やってみろ。責任は俺がとる」が
「やってもいいけど、責任はとれないからな」に。

いつしか”言葉行動乖離症”は
組織内に、そして社会に伝染し
誰も動かないようになる。

空気はよどみ、風は吹かない。
リスクのある新しいことよりも
リスクのない懐古的なことばかりで
世の中が埋め尽くされてゆく。

少子高齢化の流れの中、一番怖いことは
「言葉」が「行動」を駆逐する趨勢を
止められなくなるかもしれないことだ。

「気の利いたことを言うこと」が
過剰にもてはやされ始めていることも
その兆候であることは間違いない。

芸人や論客はそれで飯を食っても
一向に構わない。

しかし皆がそうし始めたら、
誰がものをつくり、運び、配るのか。

こういう時代だからこそ、
「行動」にもっと重きを置くべきだ。

「言葉」はリアル空間でもバーチャル空間でも
縦横無尽に飛び回ることが出来るが、
最後は「行動」というアウトプットのみが
我々に充実した満足感を与えてくれる。

入学試験や入社試験において
人を「言葉」で選別するという方法も
「行動」が当たり前であった時代の名残だろう。

今のままでは、
「言葉」だけで生き抜くための英才教育を
わざわざしてやっているようなものだ。

動かない、動けない若者をつくっているのは
今の組織、社会そのものであることを
もっと我々は自覚するべきだ。

今こそ、「行動」で評価することを
取り入れるべきだと思うのだがいかがだろうか。

「何を言ったか」より「何をしたか」。
それこそがその人を語るのだから。

「言の葉ブログ」を謳っておいて
何をいう、と言われるのは承知の上です。



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