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zoom RSS 歴史なんて信じない

<<   作成日時 : 2010/08/14 19:55   >>

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作り直しのきかない過去なんて
どこにもないんだよ


"言葉の錬金術師"と呼ばれた
寺山修司の言葉。

「過去」というものは、
真実や事実として
本当に確固たる存在なのか
ますます疑問に感じつつある。

ほんの65年前に終わった
あの戦争のことさえ
未だに何が本当なのか
さっぱりわからないではないか。

体験者の話も
心を動かされないわけではないが、
どれも断片的で局所的な
情緒的なもので、
全体像が全く見えてこない。

ましてや大正、明治、
そして江戸時代以前のことなど
一体どれだけのことが
ホントウにあったことなのか
怪しいものではないか。

自分でもそうなのだが、
「過去」というものは
どこか甘美で清らかで懐かしい。

時間という濾過器で
汚れも穢れも洗い流されたような
居心地の良い羊水の中のような記憶。

もちろん、
忘れたいようなイヤなことが
なかったわけではない。

それでも、他の人に語る時は
なぜか楽しい愉快なことばかりだ。

もっと言えば、
”こうあって欲しかった”「過去」を
我々は再構成しているのである。

個人だけでなく
国家もそうではないか。

国家が記述する歴史の
ナルシズムたるや
今更語る必要もないくらいだ。

各国がそれぞれの正しさを
主張して譲らない。

直近の戦争で負けた国が
全て悪者にされるわけだ。

それぞれの時代で優勢だった国が
認めた事実だけが真実になる。
他の証拠は無視され抹殺される。

これが
歴史の正体なのではないだろうか。

だから数十年経って
今更清算しようといったって
とっくに相手方に都合のいいように記述された
歴史を覆すことなど出来ないのだ。

歴史なんて信じない。
信じるに値する歴史はどこにある?
歴史を再構成することに
あくせくしても仕方がないではないか。

過去に向かって生きることは出来ない。
時間は未来に向いてしか進まないのだから。

歴史はフィクションだと思うくらいで
ちょうどいいのではないだろうか。
特に若い者は。

過去は年寄りの持ち物さ。



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