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zoom RSS 自分を特別と思うことほど愚かで滑稽なことはない

<<   作成日時 : 2012/10/10 15:40   >>

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誰の助けも借りずに
独りでやっていく力が自分にはある、
と信じる人は、ひどい思い違いをしている。
しかし、
自分なしには世の中はやっていけない、
と信じる人は、
なおさらひどい思い違いをしている。


ラ・ロシュフコー箴言集 (岩波文庫)より。

自信と謙遜について。

今年のノーベル医学生理学賞に
山中伸弥氏が選ばれた。

山中氏のiPS細胞に関する発見それ自体の
重大さと将来性は言うまでもないが、
「自分だけでやり遂げたことではない」
というメッセージを一貫して出していることに
山中氏の人間性の大きさと深さを感じる。

ともすれば、私たちは
ノーベル賞の対象になるような
人類全体にとって意義のある仕事に対して、

「あの人は天才だから」
「家庭環境が恵まれていたから
「良い仕事を与えられたから」

と個人的な特異性という枠で考えようとする。

自分のような普通の人とあの人とは元々違う、
と考えることで境界をつくってしまえば、
自分のプライドを傷つけずに済むだろうという
せせこましい深層心理に根ざしている、
一種の防御本能のようなものだろう。

さて、先のラ・ロシュフコーの言葉だが、
こういった思い違いの根本は、
自信と謙遜についての考えが
ずれていることに自らが気づかないことだ。

どんな事業でも研究でも、
今の時代に独りでやり遂げられることなど
無いといっていい。

それだけ今の社会は分業が徹底しているのであり、
誰かの成果を引き継いで
他の誰かの材料として引き渡すことで
個人の生業が成り立っている。

どんなに秀でた奇抜なアイデアでさえも、
前人の考えや成果をベースにしている。

だから独りで何もかもやれる、なんてことは
絶海の孤島に漂着した
ロビンソン・クルーソーの境遇にならない限り
まずあり得ないことだ。

だが、そのロビンソン・クルーソーにだって
フライデーという相棒が必要だったではないか。

だから孤高の存在みたいに自分を思うことは
滑稽そのものな井の中の蛙なのである。

さらに自分が一つの役割を果たしているかといって、
自分が居なくなったから全てが止まるような
ガチガチの仕組みには社会はなっていない。

あなたと同じくらいのレベルの人、
あるいはちょっとだけ劣る人、ちょっと優れた人は
いくらでもいる。
それで個人に過剰なプレッシャーをかけないように
世の中はうまく出来ているのだ。

体調が悪くても家族を犠牲にしても
何が何でも行かねばならぬ、といった自負は
一人よがりで滑稽に思えてこないだろうか。

何にしても我々は特別でもなんでもない。

自分を特別視するあまり、
周りの人間を単なる自分の人生の脇役に思っては
要らぬ敵を生み、嫉妬を招き、憎まれるだろう。

だからといって自信を持たないと生きられぬ、か。
でもそれは自分の意識の深きに隠して
本当に必要な時に持ち出せばいいのだ。

代わりに周りへの感謝への気持ちを
いつも衣のようにまとっていればいい。
ただし卑屈になることとは違う。
媚びる姿は醜悪でみっともない。

自信と謙虚はセットなのである。

それにしても何にしろ、
日本人はクソ真面目過ぎる。
自信を持とう持とうと思いつめて
元々もっている謙虚さを台無しにしつつある。
根を詰めて視界を狭くしては
ストレスに潰されて精神が落ち込むだけだろう。

そんな境遇に陥る前に気づくべきである。

もっとゆるく構えて自らを、そして周りを
見てみる余裕を持てないものだろうか?



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